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テーミススピリッツを凝縮した往来之記を読めば、
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(編集後記に代えて)

「命ある限り八月十五日」  この俳句をミニコミ誌で発見したのは約30年前でした。大東亜戦争を体験した全ての人にとって忘れられない日です。  私は国民学校5年生、10歳でした。本欄で銃後の少年としての戦争体験は何回も書いてきましたが、証言者も急速に減っているいま、書き残すことにします。本誌に「政官ルポ」を連載中の横田由美子氏のユーチューブで戦争体験を喋ったところ、同世代から共感の投稿が沢山あったことにも刺激を受けました。  ウ・ロ戦争勃発時、ウクライナに早々に降伏を勧めた評論家がいましたが、戦争は戦場の兵士だけが戦うものではありません。東京や大阪の大空襲では無辜の国民が大勢死傷しています。銃後の全国民が勝利を願って懸命に戦っていたのです。  昭和19年夏から、静岡県の駿河湾に面していた町でしたが、午前の授業が終わると先生に引率されて茶畑へ向かい茶の実を集めさせられたものです。「戦地に油を送るため」でした。

 また草鞋を作らされたこともあります。学校で渡された一束の藁を自宅へ持ち帰ると、母が慣れない手付きで作ったものを先生に提出したものです。そんな母たちは在郷軍人に引率されて海岸へ行き、竹槍訓練をさせられもしました。  新聞は戦果を報じていましたが、空襲、集団疎開、食糧難などで敗色は濃くなってきました。それでも風船爆弾が続々米本土を襲っているという話に小躍りしたものです。広島と長崎に特殊爆弾が落とされたが、白いシャツを着ていれば大丈夫だという噂に安堵し、日本の勝利を固く信じていました。  それから40年、鹿児島県にある知覧特攻平和会館へ行きました。郷里の牧之原台地に特攻隊員を養成する大井海軍航空隊があり、彼らは沖の無人島を敵艦に見立て、指揮官機に続いて突入する訓練を続けていました。それでも外出許可が出た日には、白い制服の凛々しい彼らが町へ降りてきて、わが家でお茶を飲むこともありました。父が「ご両親に電話でも」と勧めても「私だけでは…」というのです。  そんな彼らの遺影や遺書を見ているうちに耐えられなくなった私は、待たせてあったタクシーに戻りました。すると運転手が「あなたと同世代の方が号泣することもあります」というではありませんか。以来、さまざまな人に戦争と平和を語る前に知覧へ行くことを勧めています。

 安倍晋三氏が銃弾で撃たれ亡くなりました。氏が国会議員になった直後『ざっくばらん』の主宰者・奈須田敬氏の紹介で会い2時間も話し合いました。以来、パーティなどでよく話しましたが、大事なときに大事な人を失ったことが無念でなりません。


編集主幹 伊藤寿男

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