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テーミススピリッツを凝縮した往来之記を読めば、
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(編集後記に代えて)

昭和20年8月15日は人々の心に強く刻印され、今後も永遠に語り継がれるでしょう。しかし太平洋戦争開戦の日である昭和16年12月8日は、もうメディアでもあまり取り上げません。 当時、私は7歳で国民学校1年生でしたが、開戦を告げるラジオから迸るような声は今も耳に残っています。翌日からの新聞は、ハワイや南シナ海での戦果を大きく報じたものです。 国民の殆どが日本の勝利を信じ興奮したのです。知識人や文士の中にも、そんな心情を吐露したり戦意高揚の詩歌を発表した人がいました。高村光太郎氏もその一人です。 10月末、盛岡へ行った帰途、花巻市にある高村記念館を見学しました。そこは氏が東京から疎開して住んだ小さな家でしたが、当時の家具や食器などと共に、戦争を讃美した詩集も納められていました。 戦後、そんな高村氏を批判する声もあり、それは他の文士にも及びました。大ベストセラー『徳川家康』の著者・山岡荘八氏も戦争協力者と見られ、文壇から冷眼視されたものです。

60年前、講談社の総合誌『日本』の編集長と一緒に山岡氏に小説の依頼に行きました。そのとき、氏が「私は作家仲間から戦争に協力したと批判され、出版社もそれに準じて小説の依頼も減ってしまった。久々の注文だ、いい小説を書きますよ」と語った顔は忘れられません。 時代ものの中編でしたが、達者な筆に衰えはなく読後感も爽やかでした。氏の大著『徳川家康』は政治家や経営者の生き方にも影響を与えましたが、私は戦後に味わった苦悩や葛藤が生んだものと思っています。 高村記念館の凸凹の土間を歩きながら、戦中は沈黙していたのに、戦後、俄かに「実は戦争反対だった」と叫び出した文化人の顔を思い出していました。

天皇・皇后両陛下は退位を前に自然災害の被災地などを精力的に見舞っていますが、11月末には静岡県を私的に訪問します。女優の宮城まり子氏が掛川市に作った児童養護施設「ねむの木学園」を再訪し、児童の絵や工作を見る予定も入っています。 宮城氏が同居していた作家の吉行淳之介氏に計画を打ち明けたとき、「10年以上続けるなら」といわれたそうです。宮城氏にエッセイを頼んだら「編集長が自宅に来るなら」といわれ、深夜に訪ねました。二人の住まいの玄関には、吉行、宮城の二つの表札が掛かっていました。 午前1時から払暁まで、掘炬燵に並んで座り、一枚書く度に渡された原稿を読んだものです。帰宅した吉行氏が「編集長まで呼んで…迷惑かけるなよ」というと彼女は「うん」と答えました。両陛下と再会した宮城氏はどんな話をするのでしょうか。


編集主幹 伊藤寿男

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表紙/水野典子 カット/山田哲朗
写真提供/共同通信 産経新聞 時事通信

 

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