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テーミススピリッツを凝縮した往来之記を読めば、
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(編集後記に代えて)

 12月が来ると必ず思い出すのが、昭和16年12月8日、大東亜戦争が始まった日のことです。国民学校1年生の私は、ラジオから流れるアナウンサーの緊張した声を背に登校しました。  奉安殿の前の校庭に整列した私たちに、校長先生は「日本はこの戦争に必ず勝つ。われら銃後の国民も一致団結して戦い抜こう」と訓示しました。まもなく担任の先生が召集されるなど、日を追って戦争が身近に迫ってきました。  新聞やラジオは緒戦の戦果を大きく報じましたが、特にシンガポール陥落は国中を歓喜させ、町では提灯行列があり、「万歳、万歳」の声が夜空に響き渡りました。しかしそんな興奮も次第に醒めてゆき、3年半後には焦土の中で終戦を迎えたのです。  本誌は30周年を迎えました。その間、狃童紊両国民瓩世辰浸笋蓮努めて戦争記録を残してきたつもりですが、「まだ足りなかった」と痛感しました。3年振りに会った小学校以来の親友が長兄の出征した日の朝を初めて話してくれたのです。 「万歳」の声が続くなかで、母親が長兄にそっと「靖国神社で会おうと思うな。必ず生きて帰ってこい」と囁いたのです。それから1年後、長兄の戦死の報が届いて以来の両親の落胆は見ていられなかったと涙しました。

 最近、小学校や大学の同級生の訃報が届く度に、空襲で逃げ惑ったりひもじかった日々を話し合ったことを思い出します。「1億人に1億の戦争体験」があったのです。それを今の内に残しておかなければと痛感しました。  戦闘の記録は沢山ありますが戦時下の国内の記録はまだ足りません。町のお寺に集団疎開で来た1人と大学で再会したとき、彼は父母と離れた寂しさと空腹に耐えた夜を吐露しました。戦地へ油を送るためだと、私たちは授業そっちのけで茶の実拾いをさせられました。母親たちは在郷軍人の指揮の下、海岸で竹槍訓練です。上陸してきた敵と刺し違えるというのです。  東京大空襲はよく語られていますが、地方の各都市でも空襲で大被害が出ています。その結果、両親を失った戦争孤児が大勢生まれました。商用で東京へ行った父から聞いた「上野の地下道で寝起きしていた孤児」の話は今でもよく覚えています。  30周年を機に、そんな狃童紊寮鐐莎録瓩鮴採賄に集めようと決意しました。

 葉梨康弘法相が辞任しました。吉田茂内閣の木村篤太郎法務総裁の家で書生だった友人から聞きましたが、井戸で冷水を頭から浴びてきた木村氏は「今日は死刑が執行される日だ」と緊張して語ったというのです。葉梨氏の軽率かつ貧しい発言と岸田首相の遅い決断に呆れました。


編集主幹 伊藤寿男

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