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テーミススピリッツを凝縮した往来之記を読めば、
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(編集後記に代えて)

 平成最後の8月15日、東京の武道館では天皇・皇后両陛下をお迎えし「全国戦没者追悼式」が開催されました。戦争体験者や遺族が高齢化する中、今年も15日前後のメディアはさまざまな戦争記録を伝えていました。  1億人に1億の戦争体験があったのです。私が静岡県の田舎で終戦を迎えたのは10歳のときでした。食糧飢餓、艦載機による空襲、山中に逃げた艦砲射撃、町の寺には集団疎開の学童も来ていました。  自身の体験に加え、多くの戦争記録を見るにつけ、なぜあの大戦は回避できなかったかと疑問を持ってきました。それに答えてくれた一つが井上寿一学習院大学学長の『大戦の検証通じ日本の姿を考える』(産経新聞・8月3日)でした。  開戦前年、陸軍の秋丸機関がまとめさせた報告書は「確実な敗北」と「万一の僥倖」の両論併記でした。東條英機首相や軍部は後者を選び、結局ずるずると確実な敗北を迎えたのです。

 軍部は、真珠湾への奇襲攻撃やシンガポール陥落後に、早期終結や和平工作を進める戦略を持たずに暴走してしまったのです。私はかねて、なぜ時の為政者や軍幹部は、各都市への空襲が始まったときや、米軍が沖縄に上陸する前などに和平工作をしなかったのかと歯がゆく思ってきました。  終戦直後に政治家や軍幹部の自決が相次ぎましたが、なぜ戦争中に生命を賭けて諫言や和平工作をしなかったのか──都民が避難しにくい夜の東京大空襲も、多くの県民を巻き込んだ沖縄戦も、広島・長崎への原爆投下もなかった筈です。米軍は原爆の効果を確認するのに最適な広島を選んでいたのです。  高校までは岩波の『世界』などの狄癖眦文化人瓩諒刃堆世剖μ弔靴泙靴拭しかし大学で学生運動の内幕を知ったり、さまざまな研究会で彼らの非武装中立論や念仏的平和論の偽善と空疎を知り呆れてしまいました。  ソ連軍が上陸してきたら赤旗で出迎えれば殺されないと大真面目に語った学者、占領下の制約や屈辱に抵抗もせず、多数講和に反対して「むしろ占領の継続を望む」と奴隷根性を曝した文化人──まさに陸軍の「万一の僥倖」と同類だったのです。

 戦争体験者は狃童紊両年瓩世辰浸笋燭舛魎泙瓩發80歳を超えています。それだけに戦没者への慰霊と共に、「確実な平和」を守り抜くためにはいかにすべきかを、僥倖を頼まずに覚悟し用意しなければなりません。  私より約4か月早く生まれた今上天皇が精力的に戦没者の慰霊のため、旧戦場や遺族を訪れています。胸中に昭和の戦争への贖罪があるのではと推察してきました。あと8か月弱で終わる平成時代を前に、同世代の一人として多くのことを考えた夏でした。


編集主幹 伊藤寿男

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表紙/水野典子 カット/山田哲朗
写真提供/共同通信 産経新聞 時事通信

 

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