東京女子医科大学の岩本絹子元理事長が背任容疑で逮捕されました。医療と教育に専心、奉仕するはずの有名医大トップの醜態には呆れるばかりです。
数年前まで約10年間、女子医大の予防医学センターに通っていました。最初は附属の青山病院でしたが、閉鎖に伴い組織が新宿区河田町の本院に移りました。数か月に一度の健康診断や人間ドックで通院するようになってびっくりしたのは、診察や治療を終えた人たちが会計の前に長い行列を何列も作っていることでした。
これでは病気が悪くなるばかりだと思ったのですが、その頃から岩本氏の経費削減策が原因だという話が入ってきました。優秀な医師、ベテラン看護師や職員が次々に辞めているというのです。一方で岩本氏の独裁と拝金の噂も聞きました。
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創立者の吉岡彌生氏は私の郷里の隣町出身で、子どもの頃から名前と偉業を聞かされていました。その流れを汲む元理事長が、歴史と医業に泥を塗る所業を仕出かしてしまったのです。
ただ金権体質は以前からありました。『週刊現代』編集長のとき、有名医師と女医の醜聞情報を元に取材を始めました。すると突然、事務長ら2人が自宅にやって来て取材を中止してくれというのです。話の途中で明らかにカネの包みを取り出しましたのできっぱり断ったものの数時間ねばられました。
殆どの医師は医療に専念して大学運営には関心を示しません。岩本氏はそれに乗じて蓄財に走ってきたのですが、悪事は必ずバレるということに気づかなかったのが哀れです。

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今年は昭和100年、大東亜戦争80年の節目の年です。メディアは特に戦争の記録を探って報じましたが、私の心を捉えたのは特攻隊の記録です。郷里の北台地にあった大井海軍航空隊は特攻隊員を養成しており、訓練を終えた若い兵士が鹿児島県の知覧などから敵艦に突入していったのです。
折から『日米史料による特攻作戦全史』という書籍が並木書房から刊行されました。発行人は奈須田若仁氏ですが、私は彼の父親の奈須田敬氏と交友がありました。敬氏は戦後、ジャーナリストや自衛隊員らを集め、「安全保障」の勉強会を長く続けてきました。
祖国防衛のため若くして敵艦に突入した特攻隊員を、戦後は「犬死にだ」とか「敗戦を導いた」などと批判する声もありました。しかし戦況不利の中で彼らを駆りたてた軍の指導者こそ責められるべきで、彼らに何の責任がありましょうか。
先の『特攻作戦全史』は、米軍が特攻隊の攻撃に戦慄した事実を明らかにしています。祖国に殉じた彼らに思いを馳せるときです。
編集主幹 伊藤寿男
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