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■『人徳』が感じられない経営者
世界の最先端を走っていると思われた大企業が米国発の金融危機に足元をすくわれ、軒並み大幅な業績ダウンに見舞われている。
そのなかにあって、世界一のゲーム機・ソフト会社である任天堂が１月29日、'09年３月期決算の業績予想を公表して世間を驚かせた。
売上高は過去最高の１兆８千200億円（対前期比８・８％増）、本業の儲けを表す営業利益５千300億円、税引き後利益に至っては２千300億円を記録。この税引き後利益は、日本を代表するトヨタ自動車、ソニーなどを抜いて国内メーカーのトップに立つ業績だったのだ。
たしかに、テレビには毎日、任天堂の家庭用ゲーム機「Wii（ウィー）」のＣＭが流れている。携帯型のゲーム機「ニンテンドーＤＳ」も電車の中などでよく見かける。
売上高の87％が海外だが、米紙『ワシントン・ポスト』まで、最近、こんなエピソードを紹介していた。
オバマ大統領の２人の娘は、クリスマスプレゼントにもらった任天堂の「Wii」にはまってしまった。そんな２人に、「そろそろやめなさい」と注意するのが祖母のマリアン・ロビンソンの役目らしい――。
しかし、全国紙経済部出身の経済ジャーナリストが首を傾げる。
「数字を見る限り立派としかいいようがない。それでも任天堂を世界一のゲーム機・ソフト会社に育てあげた山内溥氏（82歳、現相談役）については、そういう大企業のオーナー経営者として何か釈然としないところがある。会社に『社徳』（社会的存在としての会社の徳）がないというか、創業120年のオーナー一族の経営者にしては『人徳』も感じられない」
■祖父の社訓をあっさり捨てて
任天堂の創業は、今から120年前にさかのぼる。１８８９（明治22）年、曾祖父が京都市で始めた「花札屋・合名会社任天堂」である。山内氏は３代目。敗戦後間もなく、早大専門部法律科に入学したが、祖父ががんに倒れたため、１９４９（昭和24）年、大学を中退して任天堂の製造販売会社丸福の社長に就任するのである。山内氏は理由を語らないが、父が「出奔」していなかったため、当時22歳の山内氏が呼び戻されたのだ。
それから苦労が始まる。
'53（昭和28）年、ディズニーのキャラクターを使ったプラスチック製のトランプが大ヒットするが、後が続かない。ようやく転機が訪れるのは、'80（昭和55年）年のことだ。液晶電子ゲームとデジタル時計を組み合わせたゲームウォッチが大当たりした。
ゲームウォッチのブームはすぐ去ったが、ファミコン（'83年７月発売）、ゲームボーイ（'89年４月）、スーパーファミコン（'90年11月）と大ヒットを飛ばすのである。'00年に入って勢いはなくなったが、'04年12月発売の「ニンテンドーＤＳ」、翌'05年の「Wii」と、一連のソフトの大ヒットが今も続いている。
世界一のゲーム機・ソフト会社となった任天堂なのに、その実、任天堂とはどういう会社なのか、３代目社長を務めた山内氏とはどういう人物なのか、驚くほど知られていない。
それにはいくつかの「特殊」な事情がある。一つは、京都の地域性だ。
大阪に活動拠点をおく経営コンサルタントが語る。
「京都にはお互いに庇い合って、情報が外へ漏れるのを防ごうとするところがある。税務署など官庁の出先の幹部も、祇園などへの接待に取り込まれてしまい、情報が本庁に上がってこないといわれるほどだ。
また有力大企業が少なく、成功した企業には自己資本の大きいところが多く、銀行も下手に手を出せない。その上、京都の企業は下請けの奪い合いが競争と考えており、ソフトの下請けや人材の囲い込みはお手のものとなっている。そのため、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞など発祥が大阪の新聞社経済部といえども、京都は取材しづらい地域になっている」
東京や大阪を発祥地とする大手企業と違って、こうした「京都ルール」の中で競争している、というのだ。
いま一つは任天堂と３代目山内氏の特殊な事情である。
実は任天堂には「社是、社訓」や企業理念、社歌といった類のものが一切ない。
正確にいえば、２代目の祖父の時代までは社訓はあった。ところが、山内氏が早稲田大学から呼び戻されたとき、あっさり捨ててしまうのだ。後日、山内氏はこういっていた。
「祖父の社訓は、あくまでも祖父のもので決して僕のものではない」
祖父の社訓はこういうものだ。
「真面目であれ よく働け きまりよくせよ」
自分の時代になって新しい社訓を作ることもなかった。
祖父とは折り合いが悪かったのだろうか。山内氏は前出のように父が出奔した理由を語らないが、祖父と父の間に何があったのか。
企業理念という言葉には、山内氏は反発しているようにさえ思える。
「企業理念という言葉は僕は嫌いだから、そういう言葉に対しては抵抗があります。評論家か経営者か分からんような経営者が増えてきて、そういう人たちの本も出ている。しかし、読んでいったい何になるんです」（『日経ビジネス』'07年12月17日号）
■夜の宴会にもほとんど出ない
山内氏の後継者選びも特殊だった。山内氏は'02年５月、社長を現在の岩田聡取締役に譲り、自らは相談役に退いた。山内氏は岩田氏を「ハード、ソフトを共に理解する特殊な才能を持っている」と評価するが、任天堂には娘婿の荒川實米国任天堂社長がいた。それを外しての岩田氏指名だったのだ。
創業から３代続いた一族経営をいとも簡単にやめてしまう。その潔さも、ある意味立派である。
山内氏は、地元京都の財界活動にも距離を置いている。京都商工会議所の会員にはなっているが、会頭など目立った役には就かず、夜の宴会にもほとんど出席しないという。
しかし17年前、『週刊文春』に女性秘書との醜聞が掲載されたことがあった。山内氏が密かに彼女の部屋を訪問する写真もあったが、他のマスコミは一切後追いしなかった。
任天堂には、'50年代の労働争議以降、組合も存在しない。それでいていまも年功序列を守り、定年制がないという特殊な会社になっている。
本誌では「日本一の営業利益をあげる会社にしては『社徳』がないのではないか」など、任天堂広報部に取材したが、その回答は「どなたかの主観に基づく質問について当社の見解を話すつもりはない。商工会議所の役員なども要請がなければ出来ないし、こちらからやりたいといったこともない」というものだった。
任天堂の社員数は約４千人。２兆円企業としては少なすぎるが、「社徳」などにかまっていられないとしたら、彼らはなんのために働いているのだろうか。
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