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森山裕国会対策委員長 ‐国会仕切るが刺客も潜む
菅首相や二階幹事長バックに
「反岸田」で菅首相実現を支えた叩き上げが官邸や霞が関も一目置く存在に


■棚ざらしの憲法改正へ動かす
「国民投票法改正案が7国会ぶりに動き出します。立憲民主党の安住淳国対委員長とも合意できます」  11月9日、自民党の森山裕国対委員長は東京・虎ノ門のホテルで菅義偉首相や加藤勝信官房長官と会食した際、笑顔を浮かべてこういった。  安倍政権が進めた憲法改正手続きを定めた改正案は、改憲に消極的な立憲など野党の抵抗により'18年6月の国会提出から2年以上、棚ざらしだった。だが森山氏は会食から2日後の11月11日、安住氏との与野党国対委員長会談で、改正案の審議を再開する方針で合意したのだ。  政府・自民党内で森山氏の存在感は急速に高まっている。首相や二階俊博自民党幹事長の信頼を得て、官邸はもとより霞が関の各省庁も主要な政策決定や政治日程を組み立てる際、必ず相談するようになった。  森山氏の手腕は、野党との水面下の交渉にも表れている。氏は前述の改正案でも、立憲に改憲へ前向きな国民民主党の一部議員が合流したタイミングを見逃さなかった。安住氏に「合流直後の党内を落ち着かせることにもつながる」といって審議に応じるよう説得した。  しかし、ある立憲幹部は「(審議に)応じたのは党内事情もあるが、それ以上に、森山氏の発言力が増したことが合意に影響した」と明かす。菅政権になってから、国会日程もほぼ森山氏の事前アナウンス通りに法案審議などが進む。野党には対峙する立場だが、「ここで恩を売るのも悪くない」との判断もあったという。  全国紙政治部デスクが語る。 「森山氏は安倍政権でも国対委員長を務めていたが、当時は今井尚哉前首相補佐官など官邸官僚が一方的に国会の流れを決め、森山氏にただ指示を流すだけというケースが多かった。ところが現在では、森山氏が国会会期のスケジュールなどある程度の青写真を描き、菅首相がそれに従い細かな調整をするようになっているという。首相はそれだけ森山氏に全幅の信頼を寄せている」  党内では「森山氏は党3役の下村博文政調会長より強い力を持つようになった」ともいわれる。きっかけは菅首相誕生を主導した政変劇だ。森山氏は「安倍前首相が突然辞任するとは思わなかった」というが、内実を検証すると今年6月頃から菅、二階両氏と密接に連携を始めていたのである。現在の森山氏の立場はその論功行賞ともいえる。



■菅総裁実現へ極秘会合を重ね
 森山氏は鹿児島県の夜間高校(当時、県立鶴丸高校夜間部)を卒業後、23歳で中古車販売業を立ち上げ経営者となる。鹿児島市議になったのは'75年のことだ。以後7期23年にわたり市議として活躍したが、参院議員として国政に登場したのは53歳と、“遅咲き”だった。  参院時代は当時の参院幹事長・青木幹雄氏に可愛がられて出世したが'04年に衆院へ転じた。国対の仕事も「市議時代に比べれば…」と受け流し、以前は秘書を務める森山氏の長女に手料理を作らせ、若手記者とランチ懇をするなど、面倒見のよさも評判だった。  叩き上げで地盤も看板もなく、苦労して一代で地位を築き上げた経緯は、工場勤めから横浜市議になった首相の経歴と重なる部分も多い。それはまた二階氏にも通じるものだ。  3人の連携が目立ち始めたのは6月18日。通常国会が閉会した翌日のことだ。東京・東麻布の中華料理店で菅氏を中心とした「トライアングル」に、二階氏の側近・林幹雄幹事長代理を交えた4人が顔を揃えた。  会合では、安倍氏が当時“後継”としていた岸田文雄前政調会長について「知名度が低すぎる。次の衆院選で『党の顔』になれるはずがない」などの批判が噴出したという。さらに二階氏は、林氏が電話で部屋から出たタイミングを見計らい、菅氏に「安倍さんが次の総裁選に出ないなら、菅さん、あなたも考えなければならない」と説得した。このとき、「そうなったら、私も全力で応援します」と続けたのが森山氏だった。  以後、3氏は月に1度のペースで会合を重ねた。前出の政治部デスクは「安倍氏が岸田氏へ“禅譲”するようなら、共闘して政権を奪おうと考えていたはずだ」と断言する。彼らがそこまで岸田氏を嫌うのは、世襲で大した苦労もなく地位を用意されてきたからだ。森山氏も「岸田さんでは衆院選で勝てない。世間の人の心を溶かす“ぬくもり”が言葉から感じられないんだ」と公言する。 “勝負の時”は安倍氏が辞任を表明した翌日、8月29日だった。菅氏ら4人はマスコミが入ることのできない衆院赤坂宿舎の応接室で菅氏の総裁選出馬を確認し、即座に情報を流した。メディアが一斉に「菅決断」を報じたことで、岸田氏は完全に出遅れてしまった。



■麻生太郎氏が形勢逆転を狙う
「安倍政治を継承する意味から、総裁選で頑張ってみたい」と切り出した菅氏に「あなたが頑張ってくださるのが一番いい」と励ましたのも森山氏だったという。  総裁選後の組閣で、首相が森山氏の要請をそのまま受け入れたのも当然だった。所属する石原派の入閣待機組・坂本哲志氏を一億総活躍担当相として初入閣させ、森山氏自身の国対委員長留任も決定。石原派は党内の最小勢力で、同派から閣僚が誕生するのは約3年ぶりのことだ。  また「組閣の過程で、森山氏が取材に答えた入閣リストの情報はことごとく当たっていた」(政治記者)とされ、二階派も二階氏の幹事長続投や平沢勝栄氏の復興相、武田良太氏の総務相起用で「120点以上の成果」を挙げている。一連の閣僚人事が菅・二階・森山の3人によって作られたことは明らかで、他派閥からの不満は高まり今も尾を引いている。  もともと、首相と森山氏の関係は良好だ。官房長官時代から2人は1日数回、連絡を取り合いながら国会運営の詳細を決めていた。  来年9月には首相の自民党総裁としての任期が切れるが、菅政権の好調な支持率を見る限り「よほどのスキャンダルがない限り、次も菅さんで決まり」(党幹部)だ。そうなれば菅首相は'24年までの任期を得ることになり、その間、森山氏も強い影響力を保持することになる。  だが党内には、小派閥に属する二階氏や森山氏が実質的に政権基盤の枢軸を担うことを苦々しく思っている人も多い。なかでも麻生派トップの麻生太郎財務相は叩き上げの2人の言いなりになっている首相が気にいらない。一部では「岸田氏や竹下派会長代行の茂木敏充外相らと連絡を取り、形勢逆転の機会を狙っている」との情報も出た。過去、森山氏には業界団体から現金を受け取っていた醜聞も報じられている。いま各派は森山氏の仕切りを黙認しているが、氏が驕って暴走や独断したときには、「刺客」が一斉に失脚を狙って走り出すことを認識すべきだ。

(2020年12月号掲載)
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