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■参院選前に「ドンチャン旅行」
与野党がその存亡を賭けて熾烈なバトルを繰り広げた参院選。だが、天下分け目のその戦いを見下ろすように、高笑いをしながら洞ヶ峠を決め込んでいた奴らがいる。この国の真の支配者とされる霞が関のキャリア官僚だ。
彼らがいかに不遜きわまりない存在であるか、まずはその実態を端的に示すエピソードから紹介したい。時は参院選公示日直前の休日、場所は首都圏に近い有名温泉地、高笑いの主はいま叩かれている社会保険庁と深い関係を持つ某外郭団体である。事情に詳しい某外郭団体関係者が耳打ちする。
「その日、某外郭団体一行は泊まりがけの研修に出かけていった。日程は１泊２日。もちろん研修とは名ばかりで、内実は団体予算を使った親睦旅行。夕方、温泉旅館に到着した一行は、宿自慢の温泉で疲れを癒した後、研修名目でセッティングされた夜の宴会場に。宴席は参院選をツマに夜遅くまで盛り上がり、翌日は温泉地に近い有名ゴルフ場で朝からゴルフ三昧。ゴルフを終えた一行は、めいめい土産を手にして、午後には帰路についた……」
この関係者によれば、某外郭団体の上層部は厚生労働省や社会保険庁の天下りキャリアで占められ、彼らが団体生え抜きのノンキャリ幹部にこうした親睦旅行を差配させるのだという。しかも、彼らは社保庁に対する国民の怒りすら鼻であしらい、いまなお「予算は使えるうちに使ってしまえ」と号令してはばからないというのだ。
６月30日にすべり込み成立を見た改正国家公務員法は、'08年中に新人材バンク・官民人材交流センターを設置し、'11年までに省庁による天下り斡旋を禁止することを２本柱としている。法案通過後、安倍晋三総理は「官製談合、税金のムダ遣いの背景にある天下りを根絶できる」と胸を張り、渡辺喜美行政改革担当大臣も「これだけの大改革を半年間で成し遂げた」と自画自賛してみせた。だが、安倍官邸の本当の敵は、同改正法をザル法と批判する野党ではなく、陰湿かつ執拗な抵抗を見せる霞が関の官僚組織にあった。
事実、法案成立のおよそ１週間後、安倍官邸は霞が関の抵抗を封じ込めるべく、前代未聞ともいえる奇策に打って出る。それが、一部のマスコミを通じて明らかにされた行政改革推進本部による「天下り調査報告」である。
'90年から'06年までに退職した事務次官経験者237人のうちの57人、あるいは、'02年度から'06年度までに退職した局長以上（事務次官を除く）のキャリア239人のうちの105人が、所属する省庁の斡旋を受けて天下りをしていた事実をようやく認めたのだ──。
この調査報告には、財団法人や社団法人、学校法人、民間企業などのいわゆる「指定席」への「天下り」の実態のほか、次々と天下りを繰り返しては高額な退職金を手にする「渡り」の実態も明らかにされている。政府はこれまで「'04年度からの3年間に『渡り』をしたのは課長級以上で16人」などと説明していたが、実際には事務次官ＯＢだけでも32人に上る「渡り」行為の存在が明らかになったのである。
しかも、報告で明るみに出た数字はあくまでも氷山の一角にすぎない。実際、今回の調査に関与したある官邸関係者は、次のように指摘している。
「調査は渡辺大臣が行革推進本部に命じて行わせたものだが、省庁サイドへのヒアリングを基本としているため、数字の信憑性には疑問が残る。実際、聞き取り調査を受けた本人が虚偽の回答をしたケース、あるいは本人と接触すらできないケースなどが多数含まれている。これらの数字に表れないケースまで含めた『天下り』や『渡り』の実数は、調査報告に示された数字の何倍にも達するというのが実態だ」
■実名入り内部資料をベースに
実は、新聞やテレビなどの大マスコミはまったく報じていないが、今回の調査報告は聞き取りを受けたキャリア官僚がどのような回答をしたかを記した80枚にも及ぶ実名入りの内部資料がベースになっている。霞が関の抵抗の実際を浮き彫りにするためにも、官庁のなかの官庁といわれる財務省（旧大蔵省）、そして年金問題の隠れたＡ級戦犯といわれる厚生労働省（旧厚生省、旧労働省）の事務次官経験者について、その「天下り」や「渡り」の一端を本人らの回答状況も合わせて紹介する。
まずは財務省。内部資料に名前のある事務次官経験者のうち、財務省による斡旋を認めたのは、日本国際教育支援協会顧問から新エネルギー財団顧問へと渡った（以下は→で表記）細川興一氏のみである。残りは財務大臣任命の天下り先を除き省庁斡旋の事実が確認できなかったケースで、これには以下の面々が名を連ねている。
すなわち、国民金融公庫総裁→横浜銀行頭取・会長の平澤貞昭氏、公正取引委員会委員長→日本開発銀行総裁→日本政策投資銀行総裁の小粥正巳氏、日本輸出入銀行総裁→国際協力銀行総裁→関西電力顧問→日本投資者保護協会理事長→資本市場振興財団理事長の保田博氏、研究情報基金理事長→東京金融先物取引所理事長→同社長の斎藤次郎氏、生涯学習開発財団顧問→海外経済協力基金総裁→国際協力銀行副総裁・総裁の篠沢恭助氏、東京大学先端科学技術研究センター客員教授→同志社大学客員教授→日本たばこ産業顧問・会長→横浜銀行頭取の小川是氏、日本中央競馬会審査会委員→日本投資者保護協会理事長の林正和氏、日本銀行副総裁の武藤敏郎氏らである。
厚労省の場合は厚労大臣任命の天下り先を除き省庁斡旋の事実が確認できなかったケースで占められており、厚生年金基金連合会理事長→厚生年金事業振興団理事長の吉原健二氏、環境衛生金融公庫（現国民生活金融公庫）理事長→全国土木建業国民健康保険組合理事長の坂本龍彦氏、社会福祉・医療事業団理事長→全国社会保険協会連合会理事長の黒木武弘氏、船員保険会会長→厚生年金基金連合会理事長→国民健康保険中央会理事長の多田宏氏、日本労働研究機構理事長→産業雇用安定センター理事長→労災保険情報センター理事長→全国民営職業紹介事業協会会長の白井晋太郎氏ら（以下略）の事務次官経験者が名前を連ねている。
■合算の退職金は４億５千万円
前出の官邸関係者が指摘する。
「主だった次官経験者がこれまでに合計いくらの退職金を手にしたのかをざっと計算してみると、たとえば斎藤次郎氏（財務省）の場合で約３億６千万円、多田宏氏（厚労省）の場合で約３億３千万円、吉原健二氏（同）に至っては約４億５千万円にも達している。彼らがこれまでいかに官邸、いや国民をバカにしきってきたか、そして改正国家公務員法になぜかくも執拗なまでの抵抗を示したのかは、これらの数字が雄弁に物語っている。しかも、その後、公務員制度改革に関する有識者会議が、再度、天下りの聞き取り調査を求めたが、事務次官経験者７人の全員が都合を理由に出席を拒否した」
しかし、霞が関の陰湿にして執拗な抵抗は行革推進本部の聞き取り調査を骨抜きにしただけではなかった。
国家公務員法の改正論議が世間の注目を集め始めた今年４月、東京証券取引所の西室泰三社長は、同取引所が今年秋に発足予定の自主規制法人の理事長に、先の内部資料でも名前の出た林正和元財務事務次官の登用を決めた。元東芝会長の西室氏は筋金入りの財務省人脈として知られており、盛り上がりつつあった改正論議に民間サイドから水を浴びせられ、塩崎恭久官房長官のメンツは丸潰れとなった。だが、財務省サイドは抵抗の手を緩めなかった。
事実、２か月後の今年６月、財務省は藤井秀人事務次官の勇退と津田廣喜主計局長の次官昇格を決定するとともに、次の次官含みで篠原尚之国際局長を財務官に、次の次の次官含みで杉本和行官房長を主計局長に、それぞれ昇格させる人事案を単独で固めた。改革などどこ吹く風のこのやりたい放題に業を煮やした塩崎官房長官は、藤井氏と杉本氏をすぐさま官邸に呼びつけ、この間の財務省の対応もろとも２人を怒鳴りつけたが、すべては後の祭りとなってしまったのである。
「世間では社保庁解体で溜飲を下げているようだが、実は、一連の年金不祥事は社保庁内部からのリークだったとの指摘がある。次から次へと不祥事が露見すれば、安倍政権そのものも窮地に追い込まれる。安倍政権さえ潰してしまえば、社保庁解体も骨抜きにできるという“自爆テロ”説だ。いずれにせよ、政権は一過性のものだが、官僚組織は永久に存続する。政局が混迷すればするほど、官僚は余裕綽々に高笑いという構図だ」（社保庁ＯＢ）
安倍内閣が参院選で負ければ、結局公務員改革は画にかいた餅で終わる。
■「先物取引」のような改正案に
実は渡辺大臣、もう一つ、キャリア官僚を温存すべく、用意周到な手を打っていた。一言でいうならば、ノンキャリを斬り捨ててでも、キャリアだけはその後も身分保障しようという「シナリオ」である。
それが、前出の国家公務員法改正案に沿って出てきた、各省庁の天下り斡旋を禁止し、内閣府で一括斡旋する新人材バンクの創設である。
４月下旬、国家公務員法改正案が閣議決定されるころ、渡辺大臣は「２か月で法案化されるとは、だれも思っていなかったのではないか」と自画自賛した。「押し付け的天下りを根絶する」というのが政府のスローガンだが、「先物取引のようだ」といわれるほど、中身の検討はこれからだ。
新人材バンクは、ＯＢの出身省庁関連企業への斡旋を２年間禁止するなどの柱しか決まっておらず、具体的な禁止行為に対する定義・監視・摘発などは、法案成立後の有識者懇談会に委ねるというものだ。
急展開の要因は、（１）新人材バンクを民間委託（４月からすでに試行人材バンクが設置）することで、あらたな利権が生じる、（２）参議院選挙の目玉にすること、そして、（３）政府・財界の強い意志だ。だからこそ、延長国会の重要法案とされたのだ。
実は、今回の新人材バンク創設を盛り込んだ国家公務員法改正は、全体からみれば一部でしかなく、公務員制度改革の基本設計に関する懇談会を設置して、'08年通常国会に全体の改革法案を提出することとなっている。
天下り・新人材バンク構想は、もとをただせば、日本経団連の提起によるものだった。'05年４月、「さらなる行政改革の推進に向けて・国家公務員制度改革を中心に・」という提案が発表されている。なぜ、このような提起がされたのかというと、小泉政権が、二度にわたって国家公務員法改定に失敗したからだった。
もともと、'01年に中央省庁再編、'03年には公務員制度改革法を成立させ、'04年には新体制というのが、当初の政府の思惑だった。だから、「中央省庁再編後の中枢を担う公務員制度改革はこれ以上待てない」との決意が読み取れる内容となっている。
この中に、各省庁の再就職斡旋を禁止し、政府による一括斡旋が提起されている。これが新人材バンク構想である。それだけでなく、前提として、人事部局の一元化、キャリア官僚の一括採用・一括管理などの提起もある。
人事部局の一元化というのは、現在、各省庁の官房人事課、総務省人事恩給局、人事院、財務省給与課、内閣府人事課がバラバラに行っている国家公務員の人事を、内閣府に一元化するというものだ。
キャリア官僚の一括採用・一括管理とは、現在、各省庁がバラバラに採用し、管理しているキャリア官僚を内閣府の一括採用・管理に移行するというものだ。新人材バンクでの天下り一括斡旋というのは、この一元管理を前提としたものなので、ノンキャリは想定されていないのだ。
一括採用のキャリアが多数となるには相当の年月がかかるため、その移行期間にも言及するほどの力の入れようだ。公務員の身分保障の撤廃も関係法令などを具体的に示し、雇用保険に加入させたうえでのリストラにも言及している。もちろん、能力主義の導入も提起されているが、ノンキャリは、従来どおり各省庁採用・管理である。
■道州制への移行は現実的課題
ここにキャリアの「ノンキャリ斬り」の策謀が隠されている。これだけ見れば、何が狙いかはっきりわかる。キャリア官僚２万人だけは「国家戦略スタッフ」として政府が一元的に管理するかたちを残し、ノンキャリはそのために「おいてけぼり」になっているのだ。これによって、省益・局益を越えた国益追求を第一とする国家公務員制度が実現できると財界は考えている。
政府の経済財政諮問会議では、民間議員（日本経団連会長など）が各省庁の人事部局の統合とキャリア官僚の一括管理の提案をすでに行っていた。
この提案には、まさに政府・財界が目指す「小さな政府」の中枢を担う、国家公務員制度の具体的中身が示されている。「小さな政府」というからには、現在の中央省庁による行政を分散させなければならない。そこで、地方分権・道州制の議論がどこまできているのか見てみよう。
現在、地方分権をめざす政府の審議会等は、三つ設置されている。
（１）道州制ビジョン懇談会（座長、江口克彦ＰＨＰ研究所社長）、'07年２月渡辺行革大臣が設置。道州制への移行を詰め、'07年度中に中間報告を公表する。
（２）地方分権推進委員会（委員長、丹羽宇一郎伊藤忠商事会長）、'07年４月設置。道州制を視野に国の権限を地方に移管したり、地方の税財政自立を促す仕組みを検討。年度内の法改正など第一次勧告を行う。
（３）第29次地方制度調査会（会長、中村邦夫松下電器産業会長）、７月に再開した首相の諮問機関（28次同調査会は、道州制を答申）。さらなる市町村合併のため、２年以内に答申する予定だ。
参議院選挙の自民党のマニフェストでは、２０１０年の国会での憲法改正の発議を目指すことを筆頭に155項目が謳われている。行政改革にかかわるところには、中央省庁再々編、道州制の推進、３年以内に「新地方分権一括法」を提出するとしている。もちろん、公務員制度改革も入っている。
道州制への移行は、遠い将来の課題ではなく、もうすぐそこまで来ている現実的課題である。もはや是非の段階ではなく、いかにして導入するか、どのようにして国の機関を道州に移行させていくのか、県議会・知事会、県の関係者をどう納得させるか、関心のない国民をどのように誘導していくかという段階にあるといわれている。
すでに国土交通省の地方整備局、農水省の農政局は、管区ごとに設置されているので、そのまま道州制へ移管できる。法務局・労働局・社会保険事務局などは、国の機関だが県単位に設置されているので、管区ごとに再編していくなど、具体的議論が行われている。
まだ、関係法案は国会に提出されていないが、３年以内に明治の廃藩置県以来の大改革が始まる。
その際の中央省庁再々編による国家公務員の道州への振り分け、県段階から道州・市町村への振り分け、さらに余剰人員となった国家公務員や地方公務員の再就職斡旋のためには、どうしても公務員制度改革と新人材バンクが必要となってくるのである。
片山虎之助参議院自民党幹事長（元総務相）が、新人材バンクが閣議決定されるころ、あるいは自治体の官製談合事件のころ、現実の課題となったことのない地方公務員法の改正による天下り規制にも言及したのは、このような背景があったからだ。
■ノンキャリ再就職はパソナが
７月に入り、公務員制度改革の基本設計に関する懇談会（仮称）と新人材バンクの制度設計に関する有識者懇談会のメンバーが発表されている。道州制ビジョン懇談会の座長である江口氏が、公務員制度改革の制度設計に関する懇談会（仮称）の座長に決まった。これだけで、道州制と公務員制度改革は不即不離の関係にあることがわかる。
新人材バンクの制度設計に関する有識者懇談会の座長には、田中一昭氏が就いた。田中氏は、元総務庁行政監察局長で'97年橋本内閣が中央省庁再編を決定したときの行政改革委員会の事務局長である。最近では道路公団民営化委員会の委員を務めている、いわば行政改革を知り尽くした人物だ。
田中氏はこう述べている。
「政府は、今後社会保険庁改革などに伴う人員のリストラを迫られる。その機能をハローワークが果たせるとは思えない。旧国鉄の分割・民営化の際に国鉄清算事業団が設けられたように、新人材バンクは適材適所に再就職させる専門機関としての機能を担うのである」（４月20日付日経新聞「経済教室」）
さらに、地方分権推進委員会の委員長の丹羽氏は、政府の基本方針を決定する経済財政諮問委員会の民間議員も兼任している。まさに、「中央省庁再々編・小さな政府」、公務員制度改革、「道州制・地方分権」は、三位一体の関係として動き出し、ここ３〜４年のうちの大改革を準備しているのである。
キャリアは新人材バンクで一括採用、再就職となるが、ノンキャリはここではそうした対象に想定されていない。渡辺大臣もそこははっきり発言している。それでは、ノンキャリは公務員改革からスリ抜けてしまうのだろうか。決してそういうことではない。
内閣府所管の新人材バンクとは別に、７年前に設置された総務省所管の「人材バンク」がある。だがここは７年間でたった１人しか再就職させられなかったため、民間への業務委託が検討され、その業務を人材派遣大手のパソナ（南部靖之社長）が入札した。
パソナでは昨年、石原信雄元官房副長官を代表とする各省庁事務次官経験者による「助言委員会」を設置する手際のよさを見せつけた。
実はここが、ノンキャリの再就職斡旋を国から委託されるものと見られているのだ。
'05年の公務員純減５％という方針は、中央・地方の公務員、独立行政法人や政府系企業、地方公営企業など公務員・凖公務員に適用される。約500万人の公務員と準公務員の年間退職者は10万人を超える。そのうちかなりの部分の再就職をパソナが担うはずだ。
キャリアは内閣府の一括採用と新人材バンクで政府がその身分を“保障”するが、ノンキャリは民間に丸投げし、その後は与り知らんというわけだ。
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