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■大新聞が無視した“重大証言”」
昨年12月末、紅白歌合戦などＮＨＫの看板番組の制作費を騙し取ったとして詐欺罪に問われたＮＨＫの元チーフプロデューサー（ＣＰ）磯野克己の公判が、東京地裁で開かれた。弁護側の証人尋問に立った磯野被告はＮＨＫの不正経理の実態についてこう証言した。「上司からプール金（ウラ金）を作ることを命じられた。プール金は年に最低２千500万円。目標は３千万だった。上司からは『オレはすでに１千500万を作った』といわれ、もっともっと作れといわれた。プール金は各自（ＣＰ）が考えて作り出すもので、酒を飲んだときに『オレはこうやって作っている』という話も出た。私はプール金を作ることがＮＨＫ（ＣＰ）の仕事だと思っていた」
磯野の口からはＮＨＫの赤裸々な不正の事実が暴露され、磯野個人の犯罪とは思えない組織的犯行を窺わせる実態が明らかになった。しかし、注目された「磯野証言」について、大新聞はほとんど報じていない。11月の公判では経理担当の元ＮＨＫ職員が証言台に立ち、不正経理が日常的に行われていることを告発した重大証言があった。だが、このときもマスメディアはこれを取り上げなかった。
本誌は、磯野公判でＮＨＫの不正経理の実態を証言した経理担当元職員・立花孝志氏の「陳述書」を独占入手した。立花氏は12月の公判を傍聴し「磯野事件は『氷山の一角』。ＮＨＫの不祥事と不正経理は、多くの事例がある」と主張している。同氏は'86年に入局。大阪放送局の経理部や東京の報道局でスポーツ番組の経理を担当するなど、約20年にわたって経理畑を歩んできた、いわば「ＮＨＫの経理を知り尽くした人物」である。しかし、次々と発覚するＮＨＫの不祥事に失望感を抱き、昨年７月に依願退職した。
「立花文書」は磯野事件の背景にあるＮＨＫの組織的な不正経理の実態を暴露した内部告発である。Ａ４判10ページにわたりビッチリと綴られている。ＮＨＫの不正を裏付ける揺るぎない証拠だ。「立花文書」で注目すべきポイントは、ＮＨＫの経理担当者でなければ知りえない「不正のシステム」を克明に告発しているところにある。「不正請求を可能にした杜撰な経理システム」という項目で、その仕組みをこう述べた。
まず、ＮＨＫが経費を支出する場合、その支払い項目（伝票）は(1）職員の宿泊代や食事代などの支払い請求書、(2）１契約20万円以下の物品調達や役務提供の伝票、(3）同20万円以上の請求書、(4）海外の総局や支局への支払伝票、(5）出演者の出演料や放送作家に対する「文芸委嘱料」という放送料支払いのシステム、(6）タクシーを使った際の乗車券、(7）ＮＨＫ局内の売店で金額無制限で購入できる「共済会伝票」。これは主にビール券の購入や局内の会議で飲食代の捻出に使われる請求書、(8）関連会社が独自に制作した伝票――など14項目に分類された支払いシステムだ。
だが、経理局が直接、契約決定権を持っているのは、(3）20万円以上の物品調達と役務提供のみで、他の13項目については、すべて番組制作局と報道局の現場管理職が握っているという。
つまり、ＮＨＫの経費はその単価の妥当性や、実際に発注業者が業務を履行したかどうか、第三者的立場にある経理局でチェックは行われておらず、番組を制作している現場担当者に裁量が委ねられているということだ。番組制作費から４千900万円を流用したという磯野事件についても、文書は「磯野氏が利用した放送料支払手続きは、請求書添付の必要もないし、業務実態を確認するための台本の添付もなく、不正に利用しやすい支払いシステムであった」と言及している。
■紳士服や時計を購入する職員
立花氏は「不正に利用しやすい支払いシステム」の放送料支払手続きについて、次のような実例を挙げた。
「私自身、大阪放送局、その後、東京本局において、不正経理を体験したことがあります。スポーツ番組において、著名な野球選手（Ｎ選手とします）にインタビューを行い、これに出演料を支払うとしましょう。しかしＮＨＫの支払いシステムにおける単価では低廉すぎて、Ｎ選手との間で取り交わした出演料を支払うことができません。そのようなとき、著作権担当から『そういう場合は収録時間を増やすとか、取材回数を水増しして請求を起こしてください』と指示を受けました。そのほかにもリハーサル回数、宿泊日数を水増しするなど、様々な手法でスポーツ選手の要求に応じたギャラを捻出しました。この有様ですから（経理局の）支払いシステムによるチェックといっても限界があります」
まさに“ドンブリ勘定”そのものだ。ＮＨＫの職員の意識の低さについても、立花氏は糾弾する。職員がプライベートでマージャンやパチンコをした後、本来は業務で使うべきタクシーチケットを悪用し、自宅に帰ったもの。ＮＨＫの局内にある売店で金額無制限に購入できる伝票を使って、高級紳士服や時計、カメラやメガネなどを購入していた職員。経理局で決済してもらえないような契約はすべて関連会社につけ回しし、「管理費」という名目で７％を上乗せして、ＮＨＫ本体から支払わせていた事例など、背任行為が行われていた。
そうした不正の背景に「経費は自分の自由に使ってよい」という無神経な雰囲気があったともいっている。「立花文書」を分析すると、受信料がＮＨＫの現場で勝手気ままに垂れ流しされている実態が浮かび上がるのだ。
不正経理は国内だけの問題ではない。海外にある総局や支局でも同様な実態がある。'04年夏に磯野事件が発覚した直後、ソウル支局長が４千400万円の経費を流用していたことが明らかになった。'93〜'97年まで支局長を務めた宮尾篤氏が外部プロダクションの領収書を水増しし、取材費に流用していたという事件である。しかし、ＮＨＫの調査では「私的流用はなかった」とし、宮尾氏に対する処分は「厳重注意」で終わっている。ソウルの不正が発覚した背景について、ＮＨＫ局内では「ポスト海老沢（勝二）会長を巡る理事同士の内部抗争による、仕組まれた“チクリ事件”だったのでは」という説が囁かれている。４千万円を超える大金を流用し、厳重注意で幕引きとなった理由も、そうした内紛劇の収拾策だった。
■ＮＥＰアメリカでの経理疑惑
ＮＨＫ関係者によると、ソウル支局長の不正事件など「氷山の一角」でしかないという。海外の総局や支局の実態を調べ上げていけば、膨大な経費の流用が明らかになることは間違いない。とくにＮＨＫの報道番組を下請けしているＮＨＫエンタープライズアメリカやヨーロッパなどは「不正のデパートだ」と先の立花氏は指摘する。
「たとえば、アメリカ大統領選の報道番組をＮＥＰ（ＮＨＫエンタープライズの略称）アメリカに製作依頼をする。するとＮＥＰアメリカは地元の制作会社に中継車や取材スタッフなどを発注する。この制作費が１日150万円かかるとすると、ＮＥＰアメリカは下請けの制作会社に『今回はオマエのところを使うから請求書の金額は１日200万円と書いて、３日間の経費がかかるので、総額600万円の請求書にしておけ』と指示する。その結果、ＮＨＫからエンタープライズに600万円が振り込まれ、浮いた150万円をキックバックさせているケースがある」（立花氏）
ＮＥＰアメリカを巡っては、ＮＨＫから出向していた職員が370万円の経費を流用し、'01年に懲戒免職される事件もあった。この事実はソウル事件が発覚した直後、慌ててＮＨＫが明らかにしたものだったが、なぜか名前の公表は控えていた。その出向職員とは当時、ＮＥＰアメリカの社長を務めていた渡辺秀樹氏で「ワシントン支局長を務めていた手嶋龍一氏とともに海老沢（前）会長の懐刀といわれた人物」（ＮＨＫ関係者）とされている。
ワシントン支局長の椅子を８年間の長きにわたって占有してきた手嶋氏は海老沢氏が昨年初めに辞任に追いやられると、その後６月に辞職している。だが、手嶋氏に対してはいまもＮＨＫ内外から「なぜ辞めたのか」という疑問の声が囁かれている。
本誌は海外の総支局の経理について、ＮＨＫ広報に質問したところ「ソウル支局やワシントン支局など海外総支局については、これまでＮＨＫ内部の監査や外部の監査法人による監査が実地されましたが、問題点は指摘されていません」と回答が返ってきた。しかし、「立花文書」にはＮＨＫの不正経理を見破るカギが隠されているのだ。
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